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 再び教育評論家の今井である。既にご存じの方も多いだろうが,高松市の成
人式でシャンパーニュらしきものをラッパ飲みした,あの新成人たちが,遂に
威力業務妨害の容疑で逮捕された。新聞社のサイトでは,──
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20010111CIII104111.html
http://www.asahi.com/0111/news/national11031.html
http://www.mainichi.co.jp/news/selection/news01.html
などにおいて,この事件が報道されている。

 一般にアルコール発酵とは,糖が酵母の作用によってエチルアルコールと炭
酸ガスとに分解されることを言う。すなわち,──
C_{6}H_{12}O_{6}  →  2C_{2}H_{5}OH  +  2CO_{2}
だからアルコール発酵の際には必ず炭酸ガスが放出されるが,タンクの中で炭
酸ガスを抜かないでおくなら話は簡単である。だがそれでは,繊細なあの泡
──幽山の湧水のごとく清冽でありながらも,早春の小川のごとく軽妙であ
り,しかしてなお,ふれるだけで消えてしまう淡雪のような,ささやくだけで
流れ落ちてしまう朝露のような,シャンパーニュのあの泡──には決してなら
ないのである。

 シャンパーニュのあの泡を出すために,シャンパーニュ醸造職人たちは心血
を注ぐ。──シャンパーニュに限らずシャンパーニュの製造法(メトード・シ
ャンプノアーズ)に則って作られたバン・ムスー(スパークリングワイン)で
は,タンクの中での一時発酵が終わったのちに,瓶内で二次発酵させるために
糖分と酵母を加えて(ティラージュ)から瓶詰めし,オリを瓶口に集めるため
に長いあいだ毎日,定期的に瓶を振動させるのと同時に1/8づつ瓶を回転させ
(ルミュアージュ),最後に冷却した塩水に瓶口を付けて,瓶口近くに集まっ
たオリを氷結させてから,シャンパーニュ自身の炭酸ガスの圧力によってこの
氷結した部分だけを吐き出させる(デゴルジュマン)。その一つ一つが,醸造
職人の複雑な知識と高度な熟練技と強度な集中力を必要とする。

 シャンパーニュ醸造職人たちが己れの業務を全うして初めて,あの儚くも切
なき泡が,駆け巡る香り,および澄みきった味とともに生み出されるのだ。彼
らがその業務においていかなる苦労を背負っているのか考えると,シャンパー
ニュのラッパ飲みなどできようはずがない。シャンパーニュをラッパ飲みする
などというのは,シャンパーニュ職人を足蹴にして,シャンパーニュの瓶の中
に唾棄するのに等しい。

 従ってなるほど,シャンパーニュをラッパ飲みした高松の若者たちは,シャ
ンパーニュ醸造職人の業務を威力で妨害したと言われても致し方あるまい。逮
捕そのものに異論はない。だが逮捕して一件落着とするわけにはいかない。

 彼らがシャンパーニュ醸造職人の業務に無知であり,またシャンパーニュの
味わい方に無知であったのは,彼らだけの責任ではない。彼らにシャンパーニ
ュの飲み方をきちんと教えてこなかった教師たちにも責任があるし,ひいては
日本社会全体が責任をとらなければならないことだ。酒の飲み方だけは,本来
は,日本の明日を背負う子供たちに,義務教育で徹底的に教え込まなければな
らないことなのである。

 こうしてわれわれは,ようやく一つの結論──しかもたった一つしかない結
論──に辿り着いた。総ては,酒の正しい飲み方を教えていない義務教育に問
題があるのだ。飲酒教育の欠如こそが諸悪の根源だったのだ。株価が下がって
いるのも飲酒教育の欠如のせいだ。森首相が失言を繰り返すのも飲酒教育の欠
如のせいだ。海が汚れているのも飲酒教育の欠如のせいだ。おととい雨が降っ
たのも飲酒教育の欠如のせいだ。うちの近所に鳩が多いのも飲酒教育の欠如の
せいだ。

 今年こそは,教育改革が必要だ。21世紀を担う子供たちのために。そして人
類の未来のために。