表題: | [ism-topics.344] Gourmet of Class-C (No.15: Anything, Other Than Bread) |
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投稿者氏名: | 今井 祐之 |
投稿日時: | 2000/12/28 04:12:39 |
ジャンル: | 連載記事(C級グルメ) |
コード: | エロ |
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さて,今回は特別にフレッシュな話題です。てゆーか,俺は馬鹿野郎です。 ************************************************** 今日,私は生まれて初めて,ヤマザキの食パンを食べた。あれは凄い。人類 の至宝だ。世界文化遺産だ。20世紀のうちに食べることができて,とても嬉し く思う。これでなんとか,私も新しい世紀を迎えることができる。その感動覚 めやらぬうちに書いておきたい。 私はよく,パンが古くなると,フードプロセッサーで挽いてパン粉を作り, 冷凍庫で保存している。もちろん菓子パンではない。卵も牛乳もバターも入っ ていない,小麦と塩と水とイーストだけからできた普通のパンだ。大体からし てパン(なんの形容詞もつかないパン)などというものは貧相な食べ物なのだ から,“リッチ”である必要はない。“リッチ”なパンは菓子パンだけで十分 だ。 さて,今日はなかなかいい殻付きの蠣が手に入った。蠣はどう調理しても旨 い。生で食べてよし,火を入れてもよし,擂り身にしてもよし。淡泊であるの に味が濃いから,濃いソースにも薄いソースにもよく合う。私は大好物の蠣フ ライを食べることにした。西洋料理でも中華料理でも日本料理でも,どんな調 理法でも合う。 ジョエル・ロビュションの言を借りるまでもなく,蠣フライは日本人が西洋 調理法の組み合わせから考案した,蠣料理の傑作である。パネ(パン粉を付け る)という調理法もフリテュール(フライにする)という調理法も,フランス 料理をはじめとする西欧料理のお得意なのに,何故にそれを組み合わせなかっ たのか。 最初に蠣フライを作った日本人は,恐らく,トンカツの真似をしたのであろ うが,私はどうもトンカツというやつが好きになれない。いや,仔牛肉が手に 入らない時は,豚のフィレをエスキャロップ(薄切り)にして叩き,パン粉を つけてから,西欧風にフライパンで焼くことがある。仔牛カツの代用になるの だ[*1]。私が嫌いなのは,特にきちんとラードで揚げたロースカツで,食べる と脂と脂が重なって,口の中がべとべとになる。 [*1]但し,出来の悪い代用である。豚のフィレ肉では, どうしてもゼラチン質が足りないからだ。 その点,蠣フライという調理法は,理にかなっている。蠣というやつは,味 が濃いから油にも十分対抗することができ,それなのに脂肪がないから油っぽ くはならない。 ところで,よく蠣フライにウスターソースをかけて出す店があるが,あれだ けはやめていただきたい。てゆーか,火ぃつけるぞ,貴様。 私はソース・タルタールをかける。ソース・タルタールが店にないのであれ ば,何もかけない。ウスターソースは蠣の繊細な味わい,仄かな甘味を台無し にする。別に客は好みでウスターソースをかけても,趣味の問題だからどうで もいいのだが,店がウスターソースをかけるのだけは絶対に許さない。また許 してはならぬ,人として。 ソース・タルタールのためのマヨネーズはやや濃い目で,やや固めにする。 油はピーナッツ油の相性がいいようだ。間違ってもアメリカ流の卵白が入った マヨネーズを作ってはいけない。てゆーか,そんなものをマヨネーズとは呼ば ない。 通常のレシピには,ケイパーとともにピクルスが入るが,蠣フライと合わせ る分には,ピクルスは不要だと思う。ケイパーの爽やかな香りと爽やかな酸味 だけでいい。それからハーブ類だが,これは逆に,オーソドックスなレシピで はパセリくらいしか入らないが,蠣フライと合わせる分には,もう少し複雑に してもいいと思う。ディルとかセルフィーユ(チャービル)とかがよく合う。 タイムとかエストラゴンとかセージとか,ああいう香りの強すぎるやつはペケ だ。 さて,最初にやるべきは蠣の殻を外すことだ。ここでは身を傷つけないよう に細心の注意を払うだけでは駄目だ。下にボールをひいて,蠣の身の回りにあ る海水を一滴たりとて逃さぬようにせねばならぬ。この液体をどうするかと言 うと,生ガキで食べる時はそのまま殻に戻してやるし,ソースで食べる時は仕 上げの時にソースに入れる。そして,今日のようにフライにする時は,油で揚 げるまで身が乾かないようにこの液体に付けておく。いい蠣は,フライにする 場合には,間違っても牛乳に漬けてはならない。 よし,ソース・タルタールも出来た,それじゃ,パン粉のケースを冷凍庫か ら出して室温に戻しておこう。室温に戻すときには,蓋を取らないと駄目だ。 いくら除湿剤を入れているからと言って,蓋を付けたままでは,べとべとにな ってしまうのを避けることができないからだ。 なんてこったい,パン粉が足りないじゃないか。今から京王のフォションま で行って帰ってくると,なんだかんだで15分,こりゃ駄目だ。えーいままよ, コンビニで買っちまえ。──私は意を決してファミリーマートに行った。棒パ ン(型に入れずに焼いたパン)はないが,どうやら食パン(型で焼いたパン) らしきものはあった。なんか既に裁断されているぞ。まぁ,いい。うん,これ にしよう,急げ,急げ! それが私とヤマザキの食パンとの出会いだった。Boy meets girl.──運命 的な,宿命的な出会いであった。私はこのパンを,山崎パン子と名付けた。 私は取り敢えず,山崎パン子を包み込んでいるいましめから,彼女を解き放 った。するとどうだろう,その肢体は不自然なまでに白く光り,異様なまでに 柔らかく,ふかふかとしており,妖しいまでにじっとりと,じめじめと濡れて いるではないか。 私は恐る恐る成分表を見てみた。──欧州大陸(除イギリス・アメリカ)で は「菓子パン」にしか使われない諸原料とともに,自然科学に疎い私をせせら 笑うような,理解不可能な化学物質の名前が数字付きで刻み込まれている。 この刻印は,その獣の名,または, その名の数字のことである。 ──ヨハネ黙示録 あぁ,山崎パン子は“昼は天使,夜は悪魔”な女だったのだ! 私は,魔女 を,愛してしまったぁ〜。 私はすぐさま魔女狩りに着手した。山崎パン子を四つに切り裂き,フードプ ロセッサーにぶち込んで,スイッチオンだ! だが,なんということだろう,魔女は八つ裂きにされても再生すると言う が,山崎パン子はフードプロセッサーにかけると,パン粉ではなく,本物の粉 になってしまった。直径僅か0.5mmだぁ〜。 普通のパンで,こんな馬鹿なことがあるはずがない。私はこれまで数限りな くパン粉を作ってきたが,ほんの数秒間,フードプロセッサーにかけただけで 粒子レベルに還元されたことはただの一度もなかった。山崎パン子は,やはり パンではなかったのだ。パンとよく似た,全く別の物体だったのだ。それがな んであるのか無知な私にはわからないが,とにかく,パンでないことだけは確 かだ。 世の中には,知らなければよかったということもある。私はいま,猛烈に後 悔している。何故か? 本物の恐怖は,その後でやって来た。パン粉もどきの,神に見捨てられたこ のパン粒子でパネした蠣フライは,やはり呪われていた。パン粉ではないもの を使ったのだから当然とは言え,それは,蠣フライではなかったのだ。それ は,竜田揚げの一種であった。それは,チキンナゲットの一種であった。それ は,なんと言っても構わないが,ただ決して蠣フライと言うことだけはできな いところの,或るものであった。おぉ,主よ……。 私はこの最高の素材を,台無しにしてしまった。やはり,これは来世紀の私 の,恥多き人生を暗示する,何かの予兆なのだろうか。